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その日のHonkyTonkは身内しかいなかった。

「あぁ?てめえ何寝ぼけたことほざいてんだ糸巻きぃ。寝言なら旦那の腕の中で言ってろつう・・・」
「暗禁閉の戒。」

 にっこりと花月が笑う。瞬く間に蛮は絃に縛り挙げられ、目、耳、口を塞がれる。

「著しく品位の欠ける発言は感心しませんね、美堂君」
 蛮は塞がれた口で「むぅーーーーん!!んーーーーーーーー!!」と文句らしきものを叫び、縛られた体を解こうと騒がしくもがく。
 花月はその不様な様子に、クスクスと鈴をならすように愛らしい笑い声を漏らす。
 ああ、なんだかカヅっちゃんが怖い。汗をタラリと垂しながらおずおずと銀次は話しかける。

「でっでも、ちょっと俺も信じられないよ!まさか卑弥呼ちゃんが・・・」
「8人です。銀次さん」
「えっ?」
「噂だけじゃない。僕の部下が8人、それぞれ違う場所、違う時刻で二人を目撃しているんです。」
「そっそんな」
「・・・噂だけなら俺も聞いている。」

 動揺する銀次に追い討ちをかけるように、沈黙を守っていた波児も同意する。
 絶句する銀次とは別に、なんとか絃から自力で脱出した蛮は認めずに笑い飛ばす。

「へっ!馬鹿こいてんじゃねぇよ!!赤屍が卑弥呼の彼氏だぁ?笑いを通りこして寒気がすらぁ!!大方、二人で運び屋の長期の仕事かなんか・・・」
「ジャッカルとレディポイズンが付き合っているのは本当よ。今確認してきたわ」

 突然、カランカランと入り口のベルを鳴らしてヘヴンが店に入って来る。
 ヒールを響かせてカウンターに座る。ヘヴンに蛮が怒鳴り噛み付く。

「今!?今確認してきたってどういうこったヘヴン!!ははぁ。またてめぇの信用ならねぇ筋からの情報だろう」

「残念ながらレディポイズン本人からの情報よ。たった今ここに来る前に喫茶店で確認してきたの」
「なっ・・・!!」

 平淡に言ったヘヴンの言葉に蛮が硬直する。銀次はショッキングさにタレてのたうちまわった。
「ちなみに赤屍から告白されて、三週間前かららしいわ」

 あの、赤屍が愛の告白。
 一同に無限城の核爆もいなやという程の衝撃が走った。
 花月は顔色を青くし、波児は皿を落とし、銀次は目が溶けるのではないかと思う程の量の涙を流した。
 精神力を総動員させて蛮は声をあげる。

「なっ何で!そんな馬鹿な事になってやがる!!」

 やっと認めた蛮に、ヘヴンは温度の低い返答を与える。

「さぁ何処かの馬鹿に振られたからじゃないの?」

 蛮は怯んで、言葉を詰まらせる。

「女って弱いのよね。失恋の痛手を抱えているときに優しくされると。揺らいで倒れちゃうのも無理ないんじゃいの?・・・まぁそれがジャッカルだっていうのが大問題だけど」
「・・・俺のせいだと言いて言いてぇのか」
「別に?ただの独り言よ。でも20歳にもならないでジャッカルなんかと付き合うなんて心配だわ。これからまともな男と付き合えなくなるかも」

 蛮の表情がずんと暗くなった。
 ヘヴンは少し八つ当たりしすぎたか。と少し後悔を覚える。

「・・・ヘヴン」
「何よ」
「卑弥呼は今何処にいる?」
「食事に行くって言ってたわ。ジャッカルと」

 最後の言葉にかっと目を開き、疾風のごとく蛮は店からでていった。「卑弥呼ぉぉぉおおおおお!!」と叫び声をあげながら。慌てて銀次ついていく。
 新宿の飲食店という飲食店をかけずり回る。
 銀次は「お店って新宿とは限らないんじゃない?」「っていうか赤屍さん。遥か昔に新宿は嫌いだとかいってなかった?」と言いたかったが言う暇を貰えない。蛮はバトル時の最速スピードで駆けている。冷静な計算高さが売りの蛮も、あまりの事態に我を無くしているようだ。

 HonkyTonKから飛び出して五時間ほど。茜色に染まっていた空もすっかり暗くなったが、卑弥呼は見つからない。
 流石に体力切れで、立ち止まる。フルマラソンクラスの疾走距離だ。ぜぇぜぇとこいつら死ぬんじないかというくらい荒く息をつき、滝のような汗を流す。

「もっ、もう、きっと、卑弥呼ちゃん達、食事終わって、るん、じゃないの??」

 
荒い呼吸の中、切れ切れに銀次は言葉を発する。「そうだな」と頷くと蛮は再び走り出す。


「ええっ!?まだ走るのーーーーーーーーー!!!」と泣きそうな声で叫びながら銀次もついていく。



 

 卑弥呼のマンションについた。

 とんでもない勢いでマンションを駆け上がり、銀次が制止する間もなく蛮は扉をぶち破る。

 「ひみこぉぉぉぉおお」と叫びながら、リビング、キッチン、トイレを見ていく。

 寝室のドアを開ける。
 そこでGBが見たものは・・・。





 ベッドで寝ている卑弥呼に、覆いかぶさるDrジャッカルだった。



 


 その距離。まるで○○する五秒前。(ネタ古)

 銀次は卒倒しかけた。

 蛮の額の血管は、キレた。



 

「ゲス屍ぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーー!!卑弥呼から離れろぉぉぉぉぉぉおおおおお!!!」




 スネイクバイトどころか、アスクレピオスぐらいかましそうな蛮の叫び声に、卑弥呼は仰天して身を起こす。

 心音が跳ね上がる。

 約二ヶ月ぶりの蛮の姿に、心は激しく揺れた。
 蛮はずかずかと詰め寄って赤屍の襟首をつかむ。

「これはこれは。やはり貴方がたの気配でしたかv」
「てっめぇええ!クズ屍!!今卑弥呼に何しようとしやがったぁ!?」

 赤屍の襟を揺さぶり、殺気だちながら詰問する。

「「はっ?」」

 赤屍と卑弥呼は蛮が何を言ってるのか分からずに顔を見合わせる。
 思考を巡らすと、如如に卑弥呼の顔は赤くなっていき、赤屍も了解して肩をすくめた。

「何勘違いしてのよ!!バッカじないの!?」
「まったくです。私はただ卑弥呼さんが食事の帰りに体がダルいと言われたので、ベッドに寝かせて熱を測ろうとしていただけです。」

 ほら。と赤屍はいつもしている手袋を外した手を見せる。

「熱ぅ?」

 眉をぴくりと動かし卑弥呼を見る。
 その瞳は気遣わしげで――

 きりりと切なさに胸がきしんだ。

 同時に久方ぶりに、覚えのある感覚がざわざわと脳を侵す。



――殺しなさい。正統魔女の孫。必然の天才。貴女はそのために・・・。



 

 ぎゅっと眉根を寄せ、内からの声に耐える。

 ドクリ。心臓の音が大きくなり、息が苦しくなる。



 すると冷たい手がそっと額に置かれた。



「ああやはり、少し発熱しているようですよ。――頭痛もあるようですね?今日は早く休んだ方が良い。」

 赤屍の温度の低い手は、不思議と卑弥呼の精神を安定させた。
 卑弥呼の様子を見て取ったのか、薄く笑いながら手を放すと、赤屍は再び蛮の方に体をむけた。

「そういうわけですので、今日はお帰り願いますか?美堂クン。それに銀次クン。卑弥呼さんの体調は万全ではありませんので」

 ほとんど存在を忘れかけられていた(忘れていた)銀次はいきなり呼ばれて「ひゃい!」と裏返った声で返事をしたが、蛮は納得する訳がない。

「帰れだと?何様だってぇんだ。てめぇは。」

 低いドスきいた声に勿論動じる訳もなく、赤屍は柔らかく笑う。

「こうみえても私は医術を修めた身。病人の面倒を見るのは適任でしょう。それに――卑弥呼さんは私が今交際している女性ですからね。看病するのは当然ではありませんか?」

 蛮は慄然とした。まだ間接的に聞いた話だからと信じきっていなかった事柄を、今はっきりと本人から事実だと肯定されたのだ。
 赤屍は細めた目に蛮の反応を楽しむような色を宿す。

「何言ってやがる・・・卑弥呼!!」

 もう一人の当事者に説明を呼ぶ。卑弥呼の肩がびくりと震える。

「・・・本当の事よ。だから帰って、蛮」
「卑弥呼!?」

 名を呼ばないで欲しい。
 呼ばれる度に脳にもう一人の声が響いてくる。

――殺しなさい。その男を。

 強くシーツを握って耐える。

「考え直せ!!お前をこんな変態偏執殺人狂と突き合わせるんなんて!俺は邪馬人になんて言ったらいいんだ!?俺はこんな奴とつき合わせるためにお前を突き放したんじゃ・・・」
「帰って、蛮!!」

 我ながら悲鳴のような声をあげたと思う。
 悲しさ、悔しさ、怒り、嘆き、憎悪・・・殺意。封殺したはずの、蛮に対するどうろどろとした感情が女王の声と供にあふれ出しそうになる。涙がせり上げてくる。
 顔を両の掌に埋めながら無音で呻く。

 ドクリ、ドクリ、ドクリ。

 心臓の音が大きく、早くなっていく。
 もう耐えられない。耐えたくない。
 感情が頂点達し、慟哭して叫びだす寸前。
 ふわりと肩に手が置かれた。

 覚えのある冷たい手。

 いつも絶妙のタイミングで置かれる手は、先ほどと同じように効果を齎す。
 あんなにも高ぶり強張っていたものが、あっという間に解きほぐされてしまう。
 ふぅと深く呼吸をする。さらに一度目を瞬かせ、気を落ち着けてから、真っ直ぐに蛮の瞳を見据える。

「お願い。今日は帰って蛮。いつかちゃんと赤屍との事は話すから。あたしはまだあんたの顔を見るのはつらいの」
「卑弥呼・・・。」

 蛮が痛みに耐えるような顔をした。その表情を見ると、また胸が苦しくなるのを感じた。
 赤屍の手が肩から離れた。

「お話もついたようですし、今度こそお引取り願いますか。ゲットバッカーズのお二人さん?」

 蛮は触れれば切れるような敵意を見せた。今にも赤屍の喉を喰らいつくような蛮を、後ろから銀次が羽交い絞めにする。

「蛮ちゃん!!今日は帰った方が良いって!じゃあ卑弥呼ちゃん明日改めてお見舞いに来るからね!」
「・・・ええ。」
「さようなら奪還屋さん。銀次クン。またお会いしましょうねvv」
「えっ?あっはは〜〜〜・・・・じゃじゃあ!お邪魔しましたーーーーーー!!!」

 銀次は明らかにそれは嫌!!という顔をしながら、蛮をずるずると羽交い絞めにしながら後退していった。蛮は喚いて抵抗したが段々とその声も遠くなっていく。
 退場して行ったGBをニコニコと見つめ、「いやぁ愉快な人たちですねぇvv」と赤屍はコメントする。
 卑弥呼は複雑な眼差しで、二人が出て行った方を眺めながら口を開く。

「赤屍・・・。」
「はい?」「ありがとう。色々。」
「いえ。さて私はどうした方が良ろしいですか?このまま看病した方が。それとも帰った方が良ろしいですか?」
「・・・悪いけど、今は帰って欲しいわ」

 自分の言葉に気を害した様子も見せずに、男は承諾する。

「わかりました。このまま帰りましょう」

「ありがとう、本当に。」

 礼の言葉に、クスリと赤屍は笑みを漏らす。

「貴女が礼を言う必要はありませんよ。貴女が望んだものすべて与える。その代わり私が貴方に一番望んでいるものを貴女は私に与える。そういう契約なのですから」

 その言葉に卑弥呼の瞳は揺れ、下を向た。

「私も様子を見に明日伺いに参ります。では、おやすみなさい。レディポイズン」

 パチッと部屋の灯りを消して、男は去った。
 卑弥呼はベッドに横になった。頭には男と自分の間で交わされている契約の事が頭に浮かぶ。


 『貴方に 私 を差し出します。そしてその代わりに時が来たら 貴方 を私に下さい。つまり――私とお付き合いしませんか?勿論そう意味で。私は貴方が望むものすべてさしあげます。その代わり貴方の力が100%解放された場合。もしくは私が貴女を、貴方が私を。どちらかかが相手を見限る場合、その場合に私と本気で闘って頂く。無論命をかけて』

 契約が提案されたのは四週間前。履行を始めたのは、三週間前。
 そう、その時から気づいていたのだ。この契約は・・・

『貴女が望んだものすべて与える。その代わり私が貴女に一番望んでいるものを貴女は私に与える。そういう契約なのですから』


 この契約は不平等だ。
 男は自分が望むもの 全てを与えなければいけない。だが自分は男が一番望む事、一つ与えれば良いのだ。
 自分の方が得るものが大きいのは明らかではないか。

 この契約は不自然だ。
 あのDrジャッカル何故こんな回りくどい事をする・・・。
 わからない。何も測り知る事が出来ない赤屍の真意は。

 だが赤屍はとてもとても優しい。

 自分は潔癖な方だと思っていた。好きな人がいるくせに他の男と付き合うなんて理解できない。睥睨して軽蔑すると、そう思っていた。
 だが実際はどうだ。自分はあの時、掴んでくれてた腕に縋っている。意外すぎるぐらい優しく接してくれるあの男に縋っているではないか。
 哂ってしまう。弱い。なんて弱いのだろう自分は。
 悔しさで胸が一杯になる。くしゃっと胸元で服を握り締める。苦しくて溜まらない。

 暗闇の中に浮かぶのは、振り払っても振り払っても消えない、紫の瞳。
 心配気に自分を見つめるその瞳。思い出すだけで、叫びだしそうになる。

 『あんたしかいらない!本当はアンタしかいらないのに!!』

 体を反転させ、枕に顔を埋める。
 気が昂ぶって再び、涙腺が緩んでくる。

 そして再び。


――消しなさい。貴女にそのような思いをさせる男を。殺さなければ貴女の苦しみは終わらない。


「うるさいっ!!!」

 強く枕を叩く。



目からツゥーと涙が零れた。